未来へとダイブするようなイメージで
future world imaginationのコンセプトである
「こうあればいいなぁ」という未来の世界を思い描くことは、
現実問題の解決方法を具体的に探るというよりも
すでにそれらの問題点が解決されている未来の時代を思い浮かべ、
その時代の生活・社会基盤にはどのような価値観が根付いているのか
未来に暮らす人たちと対話するようなイメージでいます。
いわば夢がかなっている未来世界へとダイブするようなイメージです。
といってもそうした世界がすぐに頭に思い描くわけもないので、
その芽生えとも思える現代の要素を、いろいろとつまみ食いながら
「これが未来だとどうなっているだろう?」
という想像を巡らしています。
(想像が進まないことも多々ありますが・・・)
この「問題点が解決されている未来の時代」へダイブするという手法は、
アファメーションというものの考え方からヒントを得ています。
アファメーションでは、願い事を書く時に
「こうなりますように」という願望を書くのではなく、
「すでに願望が叶っている自分はこう感じています」というような
叶っている状態を思い描いて書くというのです。
やってみるとこれは大変むずかしい・・・。
願望をただ言うことは、叶っていない現実を認識した上なのでしごく普通なのですが、
(不健康な人が健康を願うように)
願望が叶っている状態を言うというのは、
今この時点では願望が叶っていないにもかかわらず、
その現実をある意味放棄して、なりきることが必要だからです。
(不健康だがすでに健康な自分であることをイメージする)
現実に足を囚われていてはこれはできません(笑)。
「いや、でも私は実際には〜だから」なんて言ってたら
イメージが出来上がらないので。
どれだけ自身が現実というものに囚われているか
ということも分かります。
やってみると、確かにある種のバカバカしさが胸に去来します(笑)。
でもそのバカバカしさを抱く自分というのは
現実に囚われていることに価値を置く自分そのものだったりするわけです。
ということで、
future world imaginationでは、
現実を気にしないで進めていきたいと思っています。
画像出典:http://morguefile.com/archive/display/106688