#011: 歴史との向き合い方

『未来の世界を想像するチャンネル』、本日のテーマなんですが、
今日(収録時)は8月6日ということで、広島の平和記念の日ですね。
平和記念日、っていうのかな。

そのことをちょっと思って、
未来の世界における「歴史との向き合い方ってどうなんだろうな」
というのを想像しながら、おしゃべりしています。

未来の世界においても、歴史を知る、学ぶ、っていうのは、
すごく大切な点になるだろうなと。
僕は、そういう未来をイメージしています。

歴史を軽視する未来ではない

僕の好きな本の中に、
この未来の世界をイメージするきっかけになった本が3冊ぐらいあるんですけど、
(その紹介もいずれやりたいですね。)
そのうちの一冊が、モリスの『ユートピアだより(中公クラシックス発行)』。

この本すごく好きなんですけど、
僕の記憶の中で一点だけ「読み違いかも?」と思っているところがあって。

その本の中で、歴史をあまり大切にしない、
「記憶に残そうとしない」みたいな態度の人物が出てきて、
そこを読んだときに、
「なんか違うんじゃないかな」って感じたんですね。

少なくとも、僕がイメージする200年後の未来では、
歴史というのはちゃんと学んでいるし、
いつ、どの時代に、どういうことが起こったのか、
そういうのはみんな知っている。
その姿勢はとても大切だと思ってます。

ただ、今みたいに「記念日として、毎年しっかり残しているか」というと、
多分そこは違うだろうな、と。

以前このチャンネルでも少し話したんですが、
僕が描く200年後では、
今のグレゴリオ暦ではなくなっているイメージがあって。

13か月の暦のような、
まったく違う時間軸で生きている未来をイメージしているので、
日付の感じ方が、今とは全然違うんですよね。

だから、歴史はちゃんと学んでいるけど、
同じリズムで記念日が巡ってくる、という感覚は、
未来では少し違う気がしています。

時代感覚の距離

それって、例えば今の僕たちが、
戦国時代とか江戸時代を学ぶときに感じる、
すごく遠い時代の感覚、と近いと思うんです。

なにが起こったかは知ってるし、
ひどい出来事も、大変な出来事も、学ぶ。

でも、その時代に戻ることはもうあり得ない、
っていうのは当たり前だし、
距離感がすごくある。

200年後の未来の人たちが、
今の2025年とか、近現代を振り返ったとしても、
同じように、ものすごい距離を感じているだろうなと。

「向き合っているけど、戻ることはあり得ない」
(未来とは)そういう距離感を持っているんじゃないかなと思っています。

戦争と平和の話

今日が8月6日というところで、
平和とか戦争とか、
そういうものがより意識される日ではあるんですけど、

今の世界はまだ、ウクライナやガザで戦争が続いている時代ですよね。

改めて思うのは、
僕が思い描く200年後の未来では、
もう「人間が戦争から足を洗っている。」

これは願いというより、
「当たり前になっている世界を選びたい」
という感覚のほうが強いです。

戦争がなくて当たり前。
そういう未来をイメージしたい。

そのうえで、人間が地球の上で、
動物や植物と自然の中で、どう過ごしているのか。
そのことを、いろいろイメージしたいなと思っています。

今日はここまでにしようかな。