腹減りにて
ぶっきらぼうに外を歩いているときさ
なんだか急におなかが空きやがってよ
なんだこれ 変な病気じゃねえかって心配するぐらい
ころっと腹ん中が変わりやがって
でも思い当たったら そういやその日
まだなにもめし食ってなかったんだな
ちょうどお日さんが西手の高尾山へ沈んで
東の空がすーぅっと濃く青くなった頃合いだったから
さてはて ほとんど一日中なにも口にしてなかったことに気づいた訳よ
そりゃあ腹はへるわな
今の今まで減ってなかったことが今度は不思議に思ったぐらいで
やっぱり俺は病気なんじゃねえかってまたしょんぼりしてた訳よ
散歩に財布も持ってねぇままふらっとでたから
すぐ飯にありつける訳でもねぇしさ
減らした腹抱えてしょんぼり歩いてた訳さ
いやそれにしても一度減った腹はなかなか元には戻らねぇわな
減るわ減るわ 道ばたで通り過ぎた自転車乗ったおっさんが
俺の腹の音でびっくりして振り返ったぐらいだから
どんだけ俺が いや俺の腹が 貧窮だったか分かろうってもんだろ
こりゃたまんねぇやって とうとう散歩やめて引き返したんだよ
家に帰ってもありつけるもんあったかどうかわかんねぇが
財布ん中には多少いくらか残ってろうと思ってさ
その一念だけで来た道をざっくざっく 今度は大股で歩いていったわけさ
ところがどうしたことかまったく家に着かねえんだよ
道は同じなんだよ 行きと あの坂道降りてから左曲がりのくねった山道を歩いてんだよ
街灯がポチポチと寂しく灯った 風呂屋の通りさ
もういつの間にかあたり一面真っ暗闇よ
あれおかしいなと あまりにも着かないんで俺も思った訳よ
どうやら俺は化かされてるんじゃねぇかって
ちょうど腹が減りだした頃よ
あの時なんかへんな感覚があったんだよ
確か頭もほんの一瞬だったが くらっときたような気もするんだよな
そんとききっとさ 別の次元の世界に飛ばされちまったんだ
でなきゃ風呂屋の通りがこんなに長く続くものか
そうして歩いてるとさすがの俺も気味が悪くなってさ 腹減ったのも忘れて
大股が大開になっていつしか走り出してた訳よ
なんか胸の辺りもこうやけに変な感じで 変な汗なんかもでてさ
しまいにゃぁ気持ち悪くなって 吐き気がしてさ
なんも食ってねぇのに戻すもんあんのかって感じなんだが
それでもどうにもならねえぐらいになってきやがって
とうとう走りながら出てきちゃった訳よ 腹ん中のやつが
きたねぇって思いながらもどうにも止まらねえんだ
かといって足もとめれずに 吐きながら走ったわけよ
あいにく道にゃほとんど誰も通ってなかったから
だれかにひっかけずにすんだんだけどな
もしあんときの俺とすれ違ってたらきっと腹ん中のやつにまみれてるぜ
で もう出すもん出しても走り続けてもまだ着かねえ
ほんと助けてくれって思ったね もうぶらぶら散歩なんかしませんって
誓いたてたくなったよ さすがにそれはしなかったが
とにかくそれほど辛くなってた訳よ
であまりにも着かねえからここどこだってようやく前から歩いてきた
近所で一杯ひっかけてきたような千鳥足のオヤジに聞いたんだ
そしたらオヤジ 俺の顔見て すっとんで逃げやがって
そりゃまあ 腹ん中のもの ひっかけっぱなしで走ってきたからくせぇは承知だよ
だがそんなに逃げなくてもいいじゃねえかって思って口のあたりを拭ったわけよ
そしたら2日前に食った子供の足がひょっこり出てたんだよ
全身見回してみると 他にも色々一杯指やら内蔵やらがでてさ
こりゃしょうがねえやって 頭の角掻きながら腹ん中のやつ払い落として歩き直した訳よ
そしたらすぐ目の前が家の岩山の真ん前だったんだな
なんだよ こんなに遠い訳ねえって腹も立てたかったが
立てるものもねえぐらい腹も財布もすっからかんだわ
これじゃ婆さんに渡す金も手元にねえし 食うのもあきらめてその日は寝たよ
こえぇ一日だったよホント