しばらく読んでない本を開く

ここしばらく読んでいなかった本「レヴィナスと愛の現象学」を開くと、

自我が在る対象を「おのれの外部に実在しているもの」と「認識する」だけでは、その対象が「実在する」ことの根拠としては十分ではない。私の知覚は誤り得るし、私が夢や幻覚を見ている可能性もあるからだ。「自我の外部にあるもの」と認識される対象のノエマ的な「存在性格」は、ノエシス的な「信念性格」と対になっており、あくまで「自我の内部で構成される内在的な存在性格」であって、外界に自存しているわけではない。対象と意識、四囲されるものと思惟作用は、二つの世界ではなく、本質的に連関した具体的な「一つ」である。「先験的主観性の唯一で絶対的な具体性のうつにおいて、ひとつである」(『デカルト的省察』、二六九頁)

(レヴィナスと愛の現象学 著:内田樹 文春文庫)

とあります。

年末にボケた頭にはすぐ意味が理解できません・・・

ノエマ的って、ノエシス的って何・・・?

何について述べているのか、その前提はどこから・・・?

 

こうした難しい哲学を主題として本はすべてを理解しようとしてもできないので

僕は自分なりに解釈して理解できるところや、「なるほど」と思ったところ、

そしてその本を通じて感じられる

思想の雰囲気(明るいとか暗い、入り組んだ、澄んだ、潜るような等々)を

感じるようにしています。

 

まだ休みは続きますね。

良いお年を。