#027: オープンソースと3Dプリンター

『未来の世界を想像するチャンネル』#026では
「MCP」 という AI モデルに関係するお話を、少し話していたんですけど、
今日はそこで少し出てきたオープンソースっていう話から、続けていこうかなと。

オープンソースっていうことって、今、僕の理解で簡単に述べると、
普通、自分が発見したものとか開発したものっていうのは、
自分だけのものとして自分の権利として、
他の人には真似されないようにして、大事にしたりするじゃないですか。

でもオープンソースっていう考え方はそうではなくて、
IT の世界にある文化かなと思うんですけど、
出来上がったプログラムとかツールっていうものを、
そのプログラムの仕組みそのまま含めて、みんなが自由に使えるようにオープンしていく。

「こういうふうなツールを自分で作って、もしよかったらみんな使ってみて」っていう。
使ってみて、またそれで「こんなことができる」「こうやったほうがよかったよ」っていうので、
みんなで改良して進めていく。

そういった世界観っていうのが、
オープンソースっていう世界なのかな、というふうに僕はちょっと理解しているんですが。

設計図がオープンになる世界

このオープンソースっていうところの中で、
人が生きていく中で使われるいろんなものが、
設計図として、どんどんどんどん広がっていくと、
オープンソースのような形で広がっていくと、面白いのかなと思ったりしています。

なんで設計図なのかっていうと、
2015、16年とかそれぐらいなのかな、
3D プリンターっていうものがだんだん出てきた頃があって、
そのときからちょっとぼんやりと思っていたことなんですけど。

3D プリンターって、本当に設計図、「何を作るか」っていうふうなものさえあれば、
材料になるのは、(今はどうなんだろう、少しずついろいろ改良は加わっているんだけど、
樹脂のプラスチックとか、そういったものを、霧のようなものだったり、かなり小さい粒子、

それを吹き付けたりしながらだんだん時間かけて、
堆積しながら作り上げているっていうような、
プリンターのような動きをして、ものを作るっていうのがありますよね。

その 3D プリンターっていう技術さえあれば、
世界のどこでもあらゆるものが自由に作れるんじゃないのかな、と思ったりしました。

そのときに必要なのは、
どんな材料を、世界のあらゆる場所に均等に持っていけるかということも、別の問題にはなるんだけども、

設計図のようなものが、いつでもどこでも誰でも、あらゆるところで、
自由にアクセスしてダウンロードして、
そういった作りたいもの、必要なものっていうものを、
プリンターですぐ作れるようになる。

そういったところができている、っていうのが、一つの未来のあり方として、
とても未来的なのかな、というふうに思ったりしていました。

プロセスが消えること

で、この話をしながらちょっと思い出したというか、
だんだん今、少しだけちょっと感覚が違うところが出てきてて。

当時は、それこそあらゆるものがこういった 3D プリンターによって、
自由に何でも作られるということが、一番いいのかなと思ったりしたんだけども。

そうすると、モノが、一つ一つプロセスを踏まえながら、
いろんな材料や道具、人の手が加わりながら出来上がるっていう、
そのプロセスが、全くなくなってしまうことにもなってしまいますよね。

例えば今、簡単にパソコンのモニターっていうものがあって、
これは本当にいろんな部品が組み立てられていて、
モニターの外側にあるものはプラスチックですよね。
それにボタンとかケーブルもあるし、
もちろんそのモニターの中にいろんな電子構造のものがたくさん詰められているし、
それでまた全然違うものがいろんなことを組み合わさって、できていたりするじゃないですか。
モニター映るこの画面自体もそうだし。

で、そういったいろんなものがこう合わさってできている、っていうのが一つなんだけども。

もし仮に、3D プリンターというのが、その設計図さえ取り込めば、
作りたいもの、今だったらこのモニターみたいなものの中で、
一つの材料からあらゆるものができてしまうと。

それはそれでちょっとなんか、今の時代には、とても便利で、なんか楽だし。
あっという間にできるし、時間も短縮できて。

プラスチックはプラスチックは別に作らなきゃいけない。
モニターの部品をモニターで作らなきゃいけない。
中の電子部品だったら、また別でそこで設計しないといけないっていう、
そういうこと全部しないで、一括りで全部設計されたものが、

もっと小さい電子とか原子とか、そういったレベルのものから抽出して、
3D プリンターのような形でできてしまうってなったら、
それは一つの夢の世界で、ファンタジーで面白いかもしれないんだけども、
モノを一つ一つ作り上げていく、いろんな手が加わっていくという、
そのプロセス自体が全部失われてしまうのが、
ちょっと面白くないんじゃないかなっていうのを、ちょっと感じたりはしてます。

土から生まれる器

例えばそれこそ、器っていうのがありますよね。
それこそご飯食べたり、食器だったりっていう、そういう器って土からできているじゃないですか。
土もいろんなところから取られてきた土があって。
その土の性質によって出来上がる器のものだったりもまた違うし。
それもまた焼かれ方、火のかけ方とか、あとはその漆とか、
何か塗料を塗っていくその材料とかによっても、また全然違ってくる。

それはどの材料を、どの地方によって取られているものを作られていくか、
使われていくかによって全部変わっていく。

で、それがいろんなプロセスを生み出していれば、多層に。
物っていうのは、そういったものがどんどん折り重なりながら、
最終的にできているのが魅力だったりするわけじゃないですか。

でも本当に電子レベルとか原子レベルから、3D プリンターで設計されれば、
ポンって一つものができちゃうってなっちゃうと、
そのプロセスから全部なくなっちゃうってなれば、
あんまりにもちょっと面白みがなさすぎるのかなぁ、と、思ったりもしますよね。

3D プリンターと未来の資源

じゃあ今のままでいいのかってなると、
3D プリンターの可能性とかあり方って、いろんなものの面においては、
とてもこれから役立つものなのかもしれないなと思ったりはするので。
使い分けるところっていうのは、必要にはなるのかなと思ったりもしますよね。

文化や芸術とか、人の手が加わって出来上がっていくもの。
手をかければかけるほど、味が出るようなものにおいては、
人の手がいろんな形で積み上がりながら、折り重なるように出来上がっていくもののほうが、
より味わいも深くなるし、そのもののあり方というか、
そういったものもまたしっかりと出てくるような。

一方、今の工業製品とか、生活の上においては、どうしてもなければならないもの。
インフラとかモビリティとかで使われる部品とか。

今だったら特定の地域においてしか取れないような、鉱物とか、そういったものが、
実は未来の世界では、新しい技術によって、そういった原子とか電子とか、
かなり小さいレベルから生成できるようなものになったとしたら、

そういった土地によって「何が取れる」「何が取れない」っていう
希少鉱物みたいなものによって、
こう奪われることがなくなる、っていうことができると。
必要な部品をあらゆるところにも回るようになるなぁと思ったりもしますよね。

なので、まあ使い方によっていろいろ分かれていくっていうのも、
ありなのかなぁというふうに思ったりもします。

でも、ここはいろいろ考えていくと、いろんな問題点がまたちょっと浮上しそうなので、
またこう、いろんな他のテーマを話しながら、戻っていくといいのかなぁと思ったりしますね。