ツェ・スーメイ展を見る

5/9 水戸芸術館にてツェ・スーメイ展を見る。
GWのSICFが終わり、何か展示を見に行こうと思っていたところ、ちょうど前から見たかったツェ・スーメイ展がもう終わりそうだということを知り、早速水戸まで。
自身もチェロ奏者であるこの作家は音や音楽にまつわる要素を現代美術の中で展開している。合計20点ほどの展示だが、この人の作品のセンスは好きだ。
特に「語られた多くの言葉」という文学を参照したテーマの噴水による作品や、「NOW=NOW」という掲示板の作品。「語られた多くの言葉」という作品は、それを目にしたときに、はるばる水戸まで来たかいがあったと思った。観れてよかったと思える作品。解説には文学へのオマージュとして書かれているが、黒いインクで満たされ、延々と循環する噴水のこの作品は、それ以上の存在感があった。きっと展示期間を経ることによって徐々にインクに染まっていったであろうその噴水の姿が、さも語られた無数の言葉のように絶えることなく静かに滴るインクの音が、その侵食された姿に瞬間瞬間刻印されてゆく。インクと白い噴水像が強いコントラストを持ちつつ、重層的な色合いによって変化し続けるこの作品は、そのモチーフである子供の像の噴水というヨーロッパ色の濃いゴシックな感じとともに、文学というより、自分は歴史というものを感じた。
「NOW=NOW」は映画の上映中や出入り口なんかと同じようなスタイルの、点滅する掲示板というささやかな作品だが、この作品を見たときに、この人の作るものにとても交換が持てた。
また、展示会場の壁面を利用した「通気口」という作品。壁面の裏側は耳の彫刻がほどこされ、反対側にはその穴がまるで星を模したかのようにポツポツと小さく開いている。
「Snowに関する1000の言葉」という大きな作品は、その説明を読んでもよくわからないのだが、一つ一つの要素の組み合わせの妙が実に巧みに配置されて、そのスピーカーからのノイズに延々と耳を傾けてしまう。
この作家の代表作らしい(チラシやポスターにも使われている)「エコー」というビデオ作品は、ちょっといかにも合成という映像が気になった。静かに音を聞かなくてはこの作品のよさがわからないのに、それがよく聞き取れるような展示になっていなかったようで残念。
今回見て感じたことは、こうしたプロの作家の作品は、それ自体がシンプルに物事を語っている―それは作品自身の存在価値が備わっているとも言えるような―ことだ。
SICFで出会って話した多くの作家と作品には、作品に備わっているものと、伝えたいものとして考えていることとの距離が感じられた。(それは自分自身の作品にも言えること)話してみるとその作家が考えていたことや感じたこと、またその作家自身の背景など多岐に含んでてほんとに面白いのだけど、目の前にある作品自体にその魅力が備わりきれていないもどかしさ…作品の構想力と展開力、つまり落とし所のうまさというか、出来上がった作品というモノに対してどう鋭敏に感じるか。
まだまだ学ぶべき点がいっぱいだ。