#032 未来の世界の"国"を考える

#032 未来の世界の”国”を考える

(久しぶりに「stand.fm」で収録していた番組の文字起こしをブログにアップします。今後も、少しずつこのブログでの公開を進めていこうかな。)

 

ここ数日、地域社会圏主義という、
一つの建築物をテーマにしたあり方というか、コンセプト。

そういったところからお話をしてきたんだけども、
今日は一旦ちょっとそれは置いておいて、
別の話をしようかなと思います。

それは何かなというところを考えていたんですけど
この未来を想像するものって、
答えはあってないようなものなんですよね。

僕の中でも、こういうイメージがいいなというのも、
きっとこれからもころころ変わるし。

聞いていただいている皆さんとも、
違うところとか、
同じかなと思っていただけるところとか、
いろいろあるだろうし。

そういったところで、
特に正解、はっきりとしたものを提案するっていうものではなくて。

このチャンネルで僕が大事にしたいなと思うのは、
案外、分からないままの宙ぶらりんな状態。

こうかもしれないなとか、これはどうだろうっていうような
そういうふうに、問いのまま持つ
そんな時間でもあっても面白いなと思うし、
それも大事にしたいなと思ったりもしています。

答えの一歩前にいること

特に今は、いろんな情報が本当にいっぱいあって
それぞれ一つ一つの、一人一人の発信者が、
その人の答え、見え方を話したりしているんだろうけども。

それはその一つの見方で。

僕としては、その一歩前の、
はっきりとしない、
こうかな、いや、そうとも言えるなとか。

僕もこの話をしている中で、
そもそも自分の言葉にした後に、
いや、今の言葉はなんかちょっと違和感あるな、
ちょっと違うかも、
っていうこともあったりするし。

そういうことも大事にしたいと思ったりする。

なので、はっきり何か答えを聞きたいとか、
そういうふうな思考をお持ちの方には、
ちょっと僕の番組は合わないのかなと思ったりもしていますが。

そういう方でも、何か刺激を求めて、
違うやり方を求めてというか、
面白みを感じてくれたら、
それはそれで嬉しいなと思ったりもしますよね。

ちょっと前置きが長くなっちゃったんだけども、
その何とも言えない難しいテーマを、
一つ出してもいいかなと思ったりしました。

それは何かなと思うと、
「国」っていう単位ですよね。

未来に国はあるのか

僕がイメージする200年後の世界において、
今僕たちの世界では当たり前のようにある、
この国っていう単位はどうあるんだろうか。どうイメージできるだろうか。

もちろん今と同じ形の国というものが存在している、
というふうに理解、イメージするのでもいいし。
まったく国や国境がなくなって、
一つのワンワールドじゃないけどね。

ワンワールドって言葉の響きはいいかもしれないけど、
案外怖いなと僕は思ったりするけど。

そういうふうなイメージでもいいし、いろいろある中で、
逆に、イメージできるから何でも取っていいんだよね。

どれを取ってもいいよっていう。

ちょっと違う国の形っていうのをイメージしてもいいし、
今と変わらないっていうイメージをしてもいいし。

まったくそういうのがなくなった、
国境が消えた世界っていうのを
イメージしてもいいかもしれないし。

そういったところで、僕の中ではまだ、
その200年後の未来において国はこうあるといいなっていうのは
ないんですよね。

ないからこそ、うまくしゃべれないけども、
案外どうだろうなっていうのがあったりはします。

面白いかもなっていうのか。

人間が設定しているもの

まず国ということを考えるときに、
基本的なところとしては、
人間の社会においての単位なので、
人間の考えに基づいたもの、
解釈、そういったものですよね。

山や木や石がそこにあるとか、
空があるとか、
そういう事実関係ではなく

国というものを私たちは設定して、
社会として認知して生きている

人間として設定しているわけですよね。

なので、それが大前提にあるのかなと思ったりします。

それを歴史的に大きい広いスパンで眺めると、
国っていうのは色々変化をしてきたし、
いろんな歴史があって、
いろんな形態があって、
いろんなものが起こって
今、それぞれの国というものがあったりするわけだけども。

それがどういうふうにこの後変化をしていくのか。
変化を望むのか、望まないのか。

そういったところから、
何を自分が大切にしているのかなということも
見えるのかなと思ったりしますね。

僕が今こうやって、
日本という国で日本語をしゃべって発信をしているので

僕が一番最初に国とイメージするときに、
日本という国はどうしても出てくるのかなと思ったりするんですが。

帯状の国境

日本という国を考えるときに、
いろんな切り口というのがあるのかなと思ったりもしますよね。

特に日本というのは、周りが海に囲まれていて、
陸地で国境をまたがれていない、
そんな国だったりしますよね。

それも一つ、大きい地理的な条件だったりするのかなと思うし。

国というときに、政治の形態というふうに結びつくのか。
国の権利とか憲法とか。

その国が歴史や文化を通して抽象的に作られていった、
そういった何か結実したようなものと考えて、
そういったものを大事にするのか。

または、国境というものがどんどん広がって、
より緩やかになっていくようなイメージもするのか。

ちなみに国境という一つのあり方にしても、
今ははっきりとした壁があるとか、ライン(境界線)があるとか、
人間としては、明確に線引きされているものだったりするけども。

すでに今は、それを少し緩やかに、
帯状の感じのイメージで捉えようというふうな動きが
あったりするらしいですよね。

帯状というのは、その中間地帯。
特に陸地とかだと分かりやすいのかな。
海でもそうかもしれないね。

はっきりと人間が、ここからここっていうふうに設定したとしても、
そうやって割り切れるものじゃないよねっていうのが
どうしても出てくると。

そこで緩やかな、どっちつかずの場所っていうものを
ぼんやりと持っておく。

そこが言えば帯みたいな感じで、帯だよね。
なんとか帯とか、安全地帯とかの帯。

そういったイメージで、国境というのを考えるというものが
何かあるっていうのも、この前最近知りました。

なのでそこは、人が変わっていくことによって、
捉え方っていうのも変わっていくのかもしれない。

国より地域に近いもの

僕は人間のスケールとしては、
スパイラルダイナミクスっていう、
人の意識の成長段階、
そういったあり方っていうものを
割と大きなマップとして見ていくものがあるので

現在の国というものをどういうふうなところに捉えられるかとかね。

世界がより多面的に見えてきた時に、
どういうふうな捉え方ができるのかっていうところが
いろいろあるのかなと思うんだけど。

国といってまずやっぱり思いつくのは、
人種っていうわけではないんだろうなと思って。

言葉、風習、文化、歴史。

そのあたりが、
国というふうにくくられるものに
それぞれあるような気もするし。

もっと言えば、
それは地域っていう言葉の方が
より近しいのかもしれないよね。

国という一つで大きくまとめることによって
見えなくなるものもあるけど

地域というふうな、地方、地域。

そういった言葉で見えることによって、
よりつかめてくるようなものが、
もしかしたらより大事なものなのかもしれない。

そういったローカルな意識とかあり方を
大事にしたいと思うと同時に

より人の交流というか、つながりだよね。

今だったら、隣の国、遠くの国、
いろんな国との交流、横のつながりがあるということが、
とても大事にはなるのかなと思ったりもしますよね。

今日はこのあたりにしたいと思います。

それでは、また明日お会いしましょう。