怠惰の想像力
辻信一氏の『スロー・イズ・ビューティフル』の中に
多田道太郎の「怠惰の思想」の中にある話として
よくブログや本などからも引用されている江戸の小咄が紹介されていますが、
こちらには、先進国が後進国に対してのやり取りの構図になって
この小咄が紹介されています。
西橋: でもおっしゃるように、私たちも、世界の人たちは、より豊かな社会とかですね、 車も持ちたい、冷蔵庫も持ちたい、洗濯機も持ちたい、家も持ちたい、こういろ んなものを「持ちたい、持ちたい」と言って、一所懸命そのためには働かなけれ ばいかん、と働きましたよね。働いていますよね、今も。
多田: ある先進国の人が、ある後進国の人に、
「あんた、そんなになまけていないで、もっと働いたらどうだ」
後進国の人が、「働いてどうなるんですか」
「働いたらお金がもうかるじゃないか」
「お金がもうかるとどうなるんですか」
「別荘が建てられるじゃないか」
「別荘建ててどうなるんですか」
「そこで一日じゅう寝ていられる」
すると、後進国の人が、「もう一日じゅう寝てます」
そんなんなら、もう今のままで働かんで、ジッとしているほうが―自分が空想し ているような物くさ太郎ということを知っていたかどうか分からないけれども― そういう理想郷はもう既に実現しているんですよ、というのが、いわゆる後進国 の人。
先進国の人は、額を集めて、
「どうしたらもっと生産性を上げられるか?」
「どうしたらもっと貧困を無くすには?」
と、余計のお世話ばっかりかく。いまだにそうだと思うよ。
この、「働いたらどうだ」という状態、
これこそ僕の今の状態でして(爆)。
今の僕には貯金もなければ仕事もありませんから、
まぁ他人から見たら笑ってる場合ではないのでしょう
「仕事はどうした」と言われながらも
こうして好きなことして生きております。
時限があるようなものかもしれませんが、
ちょっとこの怠惰の先、見てみたい気もするんですよね。
このインタビューの話には、このような心強い話もあります。
強制されている状況からは空想力がはばたくはずがない。
休んで初めて、 人間のイマジネーション(構想力、空想力)がはばたく。
―中略
空想力というものは「休む思想」からしか出てこないのではないか。
働きづめに働いて、そのあげくに出てくる構想は、しょせんたいしたこと はない。
(『物くさ太郎の空想力』より)
のんびり空想をはばたかせながら、
future world imaginationを続けてみたいなぁと改めて思う次第です。
この多田道太郎氏の『物くさ太郎の空想力』という本、
今度読んでみたくなりました。
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